しゃむしゃむのリベルテ通信

NPO法人リベルテの日々を苔おじさんと呼ばれている代表がつづります。

インターネットのつぶやきが自分のことを言っていると思ったら

スマホやPCの画面から、そっと眼を離しましょう。

そうであっても、そうでなくても(ぼくの経験上、ほとんどそういうことは勘違いだったけど)。
画面から離れて、コーヒーや紅茶、もちろん日本の心の煎茶だっていいです。
え?
お茶を点てるところからは?
良いお手前で。


画面と向き合うと、物である液晶画面との対話が、どうしても「対自分」になりがちです。
プライベートな自分の部屋で、スキありまくりの状態にふいに自分が気にしている内容を読んでしまえばが、例えば知っている人のネットを眺めていたりなんかすればテキメンかつ否応なしに自分のことかと勝手に関連付けてしまいます。

インターネットのつぶやきは
いきなり おそいかかってきた!

ネガティブな話題や不条理な話題は、どうしても人を引きつける魅力があります。
フィクションでもノンフィクションでも、映画やドラマ、ドキュメンタリーでは、ある種の「不幸」がその中で流れる時間や物語を先に進める装置になっていることが多いです。
そしてどんどん引き込まれていく。
「きゃーのび太さんのエッチー!」としずかちゃんは言いますが、しっかり指の間からのぞいている…そういうことです。


だけど現実で実際に、自分がインターネットという未曾有の閲覧自己責任電脳公共空間にただよっている無作為のつぶやきから、勝手に喰らっちゃうダメージは半端ないです。

インターネットのつぶやきのこうげき
つうこんのいちげき

自分で避けられるものであれば、さっと避けてしまいましょう。
え、もう目が離せない?
そういうときは、我慢して目を閉じて10数えてみたらどうでしょう。
で、その瞬間にコーヒーを淹れに、紅茶用のポットを取りに、茶道の極みを目指し茶葉の研究に勤しみ始めれば、きっと、インターネットのつぶやきのことはどうでも良くなっているかもしれません。

気になるというのは、(相手の意図がどうであろうと)自分自身のことの裏返し。
その場で流すか、気になっているのなら聞けるなら素直にどういうことか聞いてしまうのも手です。
炎上させたり、ネットウォッチからエスカレートしたネットストーカー化したりと、執着するということは、もしかしたらそういうことに参加・加担していくその人自身の中に、つぶやいた対象を鏡として、何かわだかまるものを自分の中に見つけたのかもしれません。


所詮はインターネットは、現代ではまだまだ攻殻機動隊の世界のように現実空間を拡張するような場所ではなくて、仮想空間。
自分の好きなコミュニティやサービスでも、不意にやってくるネガティブなものには、目を閉じて10数えて、自分にとって今、やったほうがいいこと、やりたいこと、現実の世界で自分が自分らしくあれることに目を向けた方がいいかもしれません。
インターネットの世界よりも、ずっと現実世界の方が豊かで、しずかちゃんのように手で顔をおおいながらも指の間から見たいドキドキすることの連続だから。