しゃむしゃむのリベルテ通信

NPO法人リベルテの日々をしゃむしゃむと呼ばれている代表がつづります。

だれがどう線をひくんだろう?(障害ってなんじゃらほい③)

ちょっと前に昨年から育ててるクレマチスの花が咲きました。
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毎年この時期(3月〜6月)、リベルテの決算からと新年度の始まり、そして年度初めの各種報告書や手続きやらで頭のなかがジェットコースターのようにぐるぐるして、だいたい額の荒野も広がる時期を迎えている苔おじさんこと武捨です。

記事のペースが遅くなっている理由ではないです。
・・・言い訳です。
ごめんなさい。
とは言え、4年目を迎え現場はスタッフがバリバリゆるゆるとメンバーと一緒に悩んだり工夫したり試したり、それらを楽しんでくれているので安心して、ぼくは脳内ジェットコースターに「わーキャー」と乗り込んでいます。
そして若干疲れています。
(相変わらず、表情には出ていませんが。。。)
kokeojisan.npo-liberte.org

リベルテも4年目を迎え、新しいことに挑戦をしようと水面下で動いています。
近々その1つは、たぶん唐突に、そして前からやっていたんじゃないかってぐらい自然に始まると思います。

さてmだいたいこんな疲れたときは、モヤモヤとそしてモンモンと、グヌヌヌと考えごとをしてしまいます。
最近、ずーっと頭の中をよぎるのは、こんなこと。
『だれがどう線をひくんだろう?』


例えば、「なんじゃらほい研究」と題して、ぼくの脳内研究室ではこれまで(まだ2回)アツい議論が繰りひろげられました。
kokeojisan.npo-liberte.org

「障害」(と「健常」)ってなんじゃらほいと考えていたりするのですが、それって「じゃあ、どんな“線”がどこにどうだれによって引かれているか?」っていう疑問が最後に出てきてくるんです、ぼくの場合。
で、こういう(文字がたくさん並ぶような)ことを書くと、だいたい「ムシャくんの話は難しいね」と言われたりするんですが、じゃあ「むずかしい」と「むずかしくない」と「かんたん」の“線”引きはだれがどうして決められるんだろうと?とぼくの中に謎がまた増えます。
で、きっとそんなことを口に出したらきっと「ムシャくんの話は面倒くさい」と言われるに決まっていて…決まっているとはちょっとした思い込みだけど…もしそう言われてしまったりすると、今度は「めんどくさい」と「めんどくさくない」と「めんどよい」の“線”引きは???なんて、もう無限ループです。
ところで「めんどよい」っていう言葉はあるんでしょうか?
いかんいかん、自分で謎から謎を呼んでしまっている。

ただ、だけど、だがしかし、そうなんだけれども、ぼくにとってはこの自問自答は障害ってなんじゃらほい?という疑問を考えていく上で狂言回しのような、とても大事な過程だったり時間だったりするんです。

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ぼくは当事者の家族(きょうだい)という話は以前、ブログでも書きましたが、ぼくがそのきょうだいのことを「障害者」と常日頃感じているかというと、そんなことはありません。
同じようにリベルテの事業であるスタジオライトに通うメンバーを障害者と感じているかというと、うーん、その人のことを知れば知るほどそうではなくて「○○○さん」としか思わなくなる瞬間があります。
それはぼくが当事者の家族だからというわけではなく、きっとスタッフもそう感じていることは多いと思います。
で、そのとき「障害」ってなんじゃらほいって、ふと浮かぶのです。
だけど、ぼくも「それ」が何だかわからないし、きっと本人もどうしたら良いかわからないからこその「それ」として、障害は確かにあるのです。
そして「それ」はIQとか、身体機能や、症状の様子などとも関係しながら、だけどそれそのものが障害というよりも、むしろ障害のある人とぼく(やスタッフ、もしかしたら家族や友人など)の間にボワ〜ンと「ある」気がします。
あれ?じゃあ、メンバーにとって、ぼくが「障害」である可能性だってあるじゃん!
障害と健常ってどう分けたら良いんだろう?というか分けられるの?ぼくは支援者だけど、支援って何?みたいな、疑問のジェットコースターが加速をつけて走り抜けるために徐々に頭の天辺に登って行くのです。

そういうぐるぐると考えていたり人に話したりすると、「支援のプロなんだからしっかりしなさい」と言われてしまいそう。
ん!?ぬぬぬ。うーん。
「支援のプロ」と「支援のプロじゃない」と「支援のアマ」って…。
ジェットコースターが滑りだしてしましました。