しゃむしゃむのリベルテ通信

NPO法人リベルテの日々を苔おじさんと呼ばれている代表がつづります。

日報20180604

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前の職場で作成したSさんの作品をつかったポストカード
この仕事に就くきっかけとなった作品の作者であり、ぼくも仕事として創作の支援をしていたSさんが亡くなったと、住まいの入所施設のスタッフの方から連絡もらい、その日の夕方に会いに行きました。

送り人の丁寧な仕事もあるかもしれないけれど、安からな寝顔でした。
昨年に会ったとき、まだぼくの名前を覚えていてくれた。

なかなか人の名前を覚えていられなくなっと聴いていたし、あまり笑わなくなったともスタッフさんは話していましたが、一緒に行った息子と妻を見て「だれの子だい?」「似てないねー!」なんて笑って冗談?言っていました。



リベルテが5周年を迎えたということは、前の施設を退職して6年目です。
ぼくは、本当に気持ちもスッパリ辞めて、未練はまったくありませんでした。
リベルテに、めちゃ必死だったということもあるけれど、それで良かったと思う。
「自分」をそこに残してきてしまったら、未練ばかりが(関われないんだから当然だけど)募ってしまう。

それは今、大事にするべき、感じる・行動する・考える・ともに生きる人を見失ってしまう。
そんな気がしています。
「外から」眺めるなんて本当はできないんだ。

あのときの思い出を携えて、ぼくは目の前のことを、一緒にやろうと言って、仕事だから自分の都合とはいかないけれど、それでもそうしようと応えてくれる人たちを信じて進むことしかできないません。
前の職場の精神性は(勝手に)受け継いでいると思っているけれど、自分がしてきてもらったことを、自分ができることで、目の前の人に返していくのが恩返しだと(これも勝手に)思ってやっていあます。
全然、返しきれていないけれど。

自分の意思で決断していようがいまいと、勝手に時間や状況で何かが決まっていってしまう。
だからアートは自分を痕跡をのこそうと(または残さないということを)徹底的に、自分の意思と行為によって生み出そうとするんだろう。
なし崩しに自分の意思とは無関係に起こり続ける決断に、自分の意思を挟み込むこと。
それがぼくにとって、ひとつ「アートとは」の答えだったりします。

施設に着くと連絡くれたスタッフさんの一人がぼくらを案内してくれて、そのスタッフは目を赤くしていて、確か、そのスタッフさんがこの前も「会って行って!」と言ってくれました。
そういう人たちがずっとSさんの横にいてくれているってことが、何より、そこにのこっている人たちにとって安心だし、希望なんじゃないかって、妻とも帰り道に話したりしました。
安らかな顔に見えたもの、そういう人が横にいたからこそ、送り人の手助けがあったとしてもそういう表情になったのかもしれないし、ぼくの気持ちに未練がなく、素直に送り出せたからかもしれません。

あ、あと、いやこれがいちばん大事なのかもしれないけれど、リベルテのメンバーの一人もそこに一緒に住んでいて、その人の目も赤く充血していて(なぜか少しだけ怒ってもいたけれど)、ともに生きるって、そういうことなんだなって。